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雪の降る高原に、私は一人ぼっちでいた。一面真っ白で、何も見えない。 不安にかられて歩いていると、遠くの方から楽しそうな笑い声が近づいてきた。 「かまくら作ろう。」 「みんなで座れるソファを作ろう。」 「ソリで遊ぼうよ。」 なぜか懐かしい気持ちになる。キュートの皆だ。私は声のする方に向かって走り出す。 「舞美ちゃん。」 雪玉を栞菜にぶつけようとふざけている舞美ちゃんに声をかける。 振り向かない。 二度、三度と名前をよんでも、私のことなんか気が付かないみたいに誰も反応してくれなかった。 怖くなって舞美ちゃんに飛びつこうとしたけれど、私の体は舞美ちゃんをすり抜けた。雪の中にしりもちを付く。 「栞菜。えりかちゃん。ねえってば!」 とっさに投げた手元の雪さえ、誰にも届かずに地面に落ちた。 「楽しいね。」 「面白いね。」 「あっちでソリ競争やろうよ。」 またみんなが遠ざかっていく。 誰も私に気づいてくれない。私なんかいなくて当たり前のように、世界が循環していく。 嫌だ、舞はここだよ。誰か私を見つけて。ここにいるんだよ。 「舞ちゃん。」 ふりむくと、ベージュのハンチングを被った千聖が立っていた。 「舞ちゃん。遊ぼうよ。」 おそるおそる、差し出された手に触ってみる。 すり抜けない。暖かい千聖の手が、ぎゅっと握り返してくれた。 「舞ちゃん手冷たくなってるー」 千聖はうへへって楽しそうに笑っている。 よかった、千聖元に戻ったんだね。そして、ちゃんと舞のこと見つけてくれた。 誰も気づいてくれなくても、千聖だけは。 「皆のとこ行こう。一緒にソリ乗ろうよ。」 手を引っ張られて、転がりそうになりながら2人で走る。 「千聖。私、千聖にまだ謝ってない」 「なーに?聞こえないよぅ」 「うわっ」 千聖があんまり早く走るから、私はつまずいて転んでしまった。 手が離れる。千聖は気づいていないかのように、笑い声をあげながらみんなの輪の中に入っていく。 待って、やだよ。千聖、千聖!!」 「舞!大丈夫!?」 ? いきなり、舞美ちゃんのドアップが目の前にきた。 「舞、大丈夫?うなされてたけど」 何だ。夢か。千聖の手だと思って握っていたのは、舞美ちゃんの手だったのか。 「あれ、ここ・・・」 「ああ。タクシーの中でぐっすり寝てたから、とりあえず家にお泊りしてもらうことにしたんだ。舞のママには連絡してあるから、大丈夫。」 壁にかかっている時計を見ると、もうすぐ日付が変わるぐらいの時間だった。 よっぽど熟睡していたんだろうな。レッスンスタジオを出てからここにたどり着くまでのことが全く思い出せない。 「なっきーは?」 「家に帰ったよ。舞によろしくって。」 「ふぅん」 目が覚めてくると、今日一日にあったことが次々と頭をよぎっていく。 ダンスレッスン中に栞菜となっきーがケンカして、なっきーが居残り練習をするっていうから、ロビーで待っていた。 約束していたわけじゃないけど、千聖のことを話したかった。 なっきーは千聖のことを話せる、唯一の理解者だったから。ついさっきまでは。 しばらくたってもなっきーが階段を降りてこなかったから、様子を見にロッカーまでいくと、中で「あの千聖」が歌を歌っていた。 なっきーとの約束で、最近は挨拶ぐらいはするようにしてたけれど、やっぱりなるべく係わりを持ちたくなかった。 前の千聖と同じで、自分のパートと愛理のパートだけをずっと練習している。 何だよ。頭打っても愛理のことはちゃんとライバルだって覚えてるんだ。私が千聖にとってどんな存在だったのかも忘れちゃったくせに。 苛立つ気持ちを押さえて、廊下の端まで移動する。ちょうど入れ替わるようなタイミングで、なっきーがロッカーに入っていった。 しょうがない。もし2人が一緒に出てきたら、今日はあきらめて帰ろう。・・・話ぐらいは、聞いてもいいよね。 そう思ってドアの前まで行くと、千聖がなっきーに「私のライバルは愛理です」とかなんとか言っていた。 たよりない変なお嬢様キャラに変わっても、そういうことははっきりした口調で言えるんだね。むかつく。 そして、次になっきーが信じられないことを言った。 「千聖は変わってないね。前の千聖のままだね。」 その後のことは、あんまり覚えていない。 なっきーに文句を言ったような貴がする。 千聖を怒鳴りつけた気もする。 もしかして、暴力を振るったのかもしれない。 気がついたら、舞美ちゃんにすがりついて大泣きしていた。 こんなに泣いたのは初めてかもしれない。まだこめかみが痛い。 「舞、熱いココア入れたから、あっちで飲もう。」 こんな真夏に、Tシャツにハーフパンツでホットココアって。 「ありがとう。」 カップを受け取って、口をつける。 熱いけど、おいしかった。舞美ちゃんはかなりの天然だけど人の好みをよく記憶していて、 たまにこういう風にお茶を入れてくれることがあると、いつもそれぞれが一番おいしく飲めるように気を使ってくれる。 「おいしい?」 汗だくだくになりながら、舞美ちゃんが首をかしげる。 「うん。舞は砂糖少な目でミルクが多いのが好き。ちゃんと覚えていてくれたんだ。」 「そりゃあそうだよ、大好きなキュートのことですから。みんな特徴あって面白いから、なんか覚えちゃうんだよね。 愛理は味薄めでしょ、栞菜はココア粉大目にミルクたっぷり。ちっさーなんてココアも砂糖もミルクもがんがん入れて!とか言ってさ。・・・・あ、」 「・・・いいよ、別に。舞の勝手で今の千聖を受け入れられないだけなんだから、そんな風に気使わないで。」 心がかすっかすになっていたけど、まだ笑顔を作ることぐらいはできた。 「ねえ、舞。千聖のことなんだけど」 「今はその人の話したくない。」 「舞。・・・・ううん、そうか、それじゃ仕方ないね。違う話しよっか。あのさ、友達の話なんだけどね、最近。・・・」 舞美ちゃんの顔がちょっとだけ曇ったけれど、それを打ち消すように不自然に明るく振舞ってくれた。 「うそー。ありえないよ。」 「でも本当なんだって、私もびっくりしちゃってさあ」 “・・・バカじゃないの、周りの人傷つけて、あんた何で笑ってんの” 舞美ちゃんに調子を合わせて、楽しげに話す自分を、もう1人の自分が責めている声が聞こえた気がする。 会話が盛り上がれば盛り上がるほど、心には虚しさが降り積もっていった。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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楽屋の雰囲気が悪い。 メンバー間で何があったわけでもない。 でも、流れている空気はかなり張り詰めている。 「はぁ~あーもう。ムカつくんだけど。」 さっきから何度目かの大きな独り言が、千奈美の口を突いて出た。 「ちぃ、どうした?」 すぐにみやとキャプテンが、千奈美の機嫌をとり始めた。 千奈美は時々、私生活であった嫌なことを引きずって仕事場に来る。 いつもはムードメーカーで元気に振舞っているから、千奈美がこうなるとベリーズ全体に影響が出てくる。 根っからワガママな子じゃないし、ああして誰かがなだめればすぐに解決するのだけれど、正直私はそのことを快く思ってはいない。だから、ご機嫌とりの役はずいぶん前に放棄してしまった。 ここにいても仕方ないか。今日はキュートもいるらしいし、あっちの楽屋でも覗いてこようかな。 久しぶりに千聖の「桃ちゃぁーん」が聞きたいし。 「えー何?ももどっか行っちゃうの?ここは空気が悪いって?とぅいまてーんねー。」 扉の前で振り返ると、頬づえをついた千奈美が目を細めて私を眺めていた。 もー。絡まないでよ。 ちょっとちぃ、とキャプテンが宥めようとしているけれど、こういう時に強く言い切れないタイプなのはわかりきっている。 私がニコニコしてごめぇんとか言えば済むのかもしれない。実際それで切り抜けたことも、あるといえばある。 でも、今日はあいにく私もそんな気分ではないのだった。 「仕事とプライベートぐらい分けたら?高校生にもなって、一番子供じゃんそういうとこ。」 思わず毒づくと、千奈美の顔色が変わった。 「もも!今のはないよ。ちぃに謝りなって。」 「あーいとぅいまてーん」 「ちょっと!!マジむかつく!何あの顔!てかみんな笑うとこじゃないんだけど!」 思いつく限りで一番憎たらしい変顔を披露して、千奈美の怒号を背にさっさと楽屋を出た。 別に私と千奈美は、取り返しがつかないほど険悪なわけじゃない。 仲いい時はいいし、千奈美のくったくのなさには救われることも多い。 ただ、根本的な考え方や価値観が違い過ぎるから、こうやってたまにひどくぶつかることも結構ある。 まぁでも、今のは私も悪かったかな。大人げなかった。頭冷えたら、軽く謝っておこう。 「あれ・・・梨沙子?」 キュートの楽屋の前まで行くと、梨沙子が所在なさげに扉の前をウロウロしていた。 ベリーズの方にいなかったから、てっきりこっちに入り浸ってるのかと思っていたんだけれど・・・ 「入らないの?」 「あ、うん。あー、うー・・・」 梨沙子はモゴモゴ言いながら、私の様子を伺うようにじっと見つめてきた。 「どうかしたの?」 「もも・・・ちょっと、こっち。」 歩き出した梨沙子の横に並ぶ。 「どこ行くの?」 聞いても生返事しか帰ってこない。 しばらく歩いて、誰も使わないような古い自販機の前で梨沙子が足を止めた。 「何だ、もういない。」 残念そうに呟くと、また何か言いたげに私を見た。 「ももはさぁ、千聖と仲がいいよね?」 「うん、仲良しだよ。」 「うーん。あのね、これは例えばの話なんだけど、最近千聖がお嬢様キャラに変わったって聞いたことある?あ、例えばだからね?それで、前の明るい系の千聖に戻る練習を舞ちゃんとしてるとか。全部例えばなんだけど・・・・」 うん、梨沙子。それはたとえになってないよ。 「ようするに、千聖が何かの理由でお嬢様キャラになっちゃって、元に戻るように舞ちゃんとここで特訓してたのを梨沙子が見ちゃったってこと?」 「あばばばばばば」 「なるほど。」 梨沙子の言うことが本当なら、すごい話だ。あの千聖がお嬢様キャラって。 ドラマや漫画じゃあるまいし、まだ半信半疑だけれど。 「梨沙子この話、他の誰かにした?」 「う、ううんまだ。何かももすごいね。探偵みたい。」 「・・・。じゃあ、約束ね。これはももと梨沙子だけの秘密。愛理に知ってるか聞くのもだめ。OK?」 梨沙子はちょっと不満そうだったけれど、しぶしぶうなずいた。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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前へ 千聖と離れた私は、しばらく舞美ちゃんやちぃたちとバカ話で盛りあがった。 時々聞こえる千聖の楽しそうな声が、私を安心させてくれる。 「何か舞ちゃん、大人になったよね。」 「そう?まあ、いろいろあったから。」 「うん、舞は本当によくできた妹だよ。心も外見も急成長した!舞は最高にいい妹だね!」 「・・・・恥ずかしいから2回も言わないでいいよ。」 考えてみれば、千聖が頭打ったあの事件から、まだ1ヶ月もたっていない。 喜怒哀楽の全てをフル活用した、あまりにも中身の濃すぎる数週間だった。 「ねー、もうそろそろお開きにしませんか!あんまり遅くなると中学生組はお父さんお母さんも心配しちゃうだろうし。」 30分ぐらいして、キャプテンが大きな声でみんなに呼びかけた。 「えー」 「えー、じゃないの。またすぐ会えるんだから。早くお菓子片付けよう。」 チョコやクッキーはみんなで山分けして(ポテチの残りは舞美ちゃんがなっきぃにカ゛ーッした)、ゴミをまとめると、急ぎ足で部屋を出た。 ベリキューそれぞれのロッカーで荷物を持って、大階段のあたりで再び合流する。 「いい?行くよー」 まるで集団下校みたいだ。舞美ちゃんとえりかちゃんが先頭で、一番後ろはキャプともも。 私と千聖は前から2番目。後ろには茉麻となっきぃがいた。 年長組に挟まれて、みんなでキャーキャー言いながら階段を降り始めた。 「あ・・・嫌だわ、私ったら。いただいたお菓子、ロッカーに置いてきちゃった。」 私が手に提げていたお菓子の袋を見て、千聖が声をあげた。 「また今度でいいんじゃない?レッスンすぐあるし。」 「でも・・・明日菜たちにおみやげで持って帰りたいの。すぐに追いかけるから、私ちょっと戻ります。」 千聖はそういうと、くるっと後ろを振り返った。 「茉麻さん、ちょっとごめんなさい。私・・・」 「えっ!?」 茉麻は私たちに完全にお尻を向けて、後ろ歩きしながら熊井ちゃんとおしゃべりしていた。 急に話しかけられてびっくりしたんだろう、若干オーバーリアクション気味に、体全体で思いっきり振り返った。 茉麻のほうへ駆け寄っていった千聖の胸のあたりに、いきおいよく茉麻のひじがぶつかった。 「あ」 「あ」 「あ」 何人かの唖然とした声が重なる。 デジャヴ。 こんな光景を、私は知っていた。 もっとずーっとずーっと昔、茉麻に飛びつこうとした千聖が、振り返った勢いで吹っ飛ばされてしまった事件があった。 私は直接見たわけじゃないけれど、あとでビデオかなんかで見て、おなかが痛くなるほど大笑いしたからよく覚えている。 もうあんなに子供じゃないけれど、千聖はやっぱり体が小さいし、茉麻は大きい。 驚いた顔のままの千聖が、階段から押し出されて宙に浮いた。スローモーションのように、体が倒れていく。 「危ない!」 舞美ちゃんの大声で、私の時間感覚は元に戻った。 階段から落ちかけた千聖を、舞美ちゃんが両腕で抱きとめた。 千聖をかばったまま、2人は階段の一番下に落ちてしまった。 「千聖!!!!」 私は自分の口から、こんな金切り声が出たのを初めて聞いた。 もう大事な人を失いたくない。恐怖で足がガクガク震えて、座り込んでしまった。 「舞美!千聖!」 茉麻が真っ青になって、2人のところへ走っていく。 「ごめん、私・・・!」 「えっ何?どうしたの?」 「落ちたの?大丈夫?」 後ろの方のみんなも、人が落ちる鈍い音に驚いて集まってきた。 「舞ちゃん、立てる?」 肩を貸してくれたなっきぃの体も震えている。 「舞美・・・・」 「・・・・イタタタ・・・背中打ったー・・・。一瞬息止まったんだけど」 しばらくして、舞美ちゃんが照れ笑いしながら、体を起こした。 「平気なの?舞美。」 「うん、もうあと5段ぐらいだったから。なんてことないよ。それより・・・よかった。今度は守れた。」 舞美ちゃんは優しい顔で、千聖の体を抱きしめなおした。 でも 「・・・・ちっさー?ちっさー?・・・・・どうしよう、ちっさー、どこか打ったのかもしれない。起きないよ。」 舞美ちゃんの腕の中の千聖は、目を閉じたまま全く動かなかった。 「舞ちゃん?」 大切な人を失う恐怖で、体から力が抜けていく。 「・・・私、マネージャー呼んでくる。」 「私も。」 愛理と栞菜の声が遠ざかっていくとともに、私の意識もゆっくり遠のいていった。 次へ TOP
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/115.html
「ありがとう、舞さん。私も、舞さんの中に存在していいのね。」 反対側の千聖の手と私の手が、今度は私の胸の上で重なった。 右手に千聖の鼓動。 左手に自分の鼓動を感じながら、私はとても静かで穏やかな気持ちになった。 「皆さんのところに戻る?」 「・・・・もうちょっとだけ、ここにいたい。2人でいたい。」 「ええ。」 私たちは手をつないで、自然に寄り添った。 何も喋らないで、ただゆっくりと時間がすぎていく。 千聖の頭が、私の肩に乗っかる。 私の頭が、千聖の頭に乗っかる。 千聖のシャンプーの香りが鼻をくすぐる。 「・・・・・雨が、降ってきたみたいね。」 ふいに千聖が呟いた。 「そうだね。」 よっぽど強い雨なのか、静かなこの部屋にいると、バラバラと水が建物を打ち付ける音が聞こえてくる。 「じゃあさ、この雨が止んだら戻ろう。みんなのところへ。」 「まあ。ずっと朝まで止まなかったら?」 「・・・朝まで戻らない。」 「もう、そんなこと言って。」 それきりまた会話もなく、私の耳はただ降りしきる雨の音だけを拾っていた。 「・・・千聖?」 千聖はゆっくり頭を起こすと、目の前にあった衣装から、細い黄色のリボンを抜いた。 「どうするの、それ。」 「ふふ」 器用な手つきで千聖は2人の小指を結んだ。 「前に、梨沙子さんに教えてもらったの。赤い糸は永遠に恋人たちを結ぶ糸で、青は恒久の友情。黄色はゆるぎない信頼の糸なんですって。・・・私たちは、黄色い糸じゃないかしら。」 「千聖・・・・うん、そうだね。黄色だ。」 私が勝手に断ち切った2人の絆の糸を、千聖はずっと握り締めたままでいてくれたんだ。 そして、それを結びなおしてくれた。しかも、千聖の方から。 「・・・・ごめんね。」 「え?」 「なんでもない。」 素直になれない私は、千聖に何も反してあげられない。 どうか、雨が止みませんように。 まだ、2人きりでいられますように。 ただそう強く願うだけだった。 「・・・・通り雨だったみたい。もう止んでしまったわ。」 私の願いもむなしく、雨はあっというまに上がってしまった。 まだここを離れたくなかったけれど、ワガママで千聖を縛り付けるのはもう嫌だった。 「帰ろう、みんなのところへ。」 「ええ。」 私たちは小指を繋いだまま、暗い部屋をあとにした。 歩みを進めるたびに、みんなの声が大きくなる。 啖呵を切って出て行ったから、顔を見せるのがちょっとだけ恥ずかしい。 でも、今の私はもう一人じゃない。この手のぬくもりがあれば、頑張れる。 「入ろう、千聖。」 「ええ。」 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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電車のドアが開くと同時に猛ダッシュで階段を駆け上がり、PASMOを叩き付けて改札を飛び出した。 なっきぃから涙声の電話をもらってから約30分で、私はレッスンスタジオの最寄り駅に到着した。 …なっきぃ、何があったの。 今日はなっきぃと栞菜がちょっと言い争いになった。 私は揉め事や喧嘩が苦手だから、いつもみたいにすぐに割って入った。 なっきぃが引き下がってくれてその場は収まったけど、もしかしたら私の強引な仲介が泣くほど辛かったのかもしれない。 あるいは栞菜と鉢合わせになって第2ラウンドが…そっちか!栞菜か! 「開けるよ、なっきぃ!栞菜!」唯一電気が点けっ放しだったロッカールームに直行して、ドアを開ける。 「…………あれ?」 なっきぃはいたけど、栞菜はいなかった。 栞菜はいなかったけど、ちっさーと舞がいた。 「みぃだん…」目を真っ赤にしたなっきぃがしがみついてきた。 一体これはどういう状況なんだろう。 ドアに近いベンチでなっきぃが顔を覆っていて、一番奥のロッカーの前でちっさーがぼんやりと空を見つめていて、そのちっさーの肩に指を食い込ませながら舞が何かを呟いている。 「どどどうしたの、なっきぃ。栞菜は?」 「…?栞菜?いないけど」 「そっか。」 だとしたら、なっきぃは一体何で泣いてるんだろう。 いや、なっきーだけじゃなくて、あの二人も。 「何があったか聞いてもいい?」 「いいけど、うまく答えられないと思う。」 「そっか。」 とりあえずなっきぃは落ち着いたみたいなので、私はちっさーと舞のほうに向かった。 「大丈夫?二人とも。」 「舞、美さん」 ちっさーは相変わらず、夢でも見てるような顔でこっちを見た。 「やだ!舞美ちゃんに話しかけないでよ!」 突然、舞が起き上がってちっさーを突き飛ばした。 「ちょっと!舞!」 お嬢様化したちっさーのことが気に入らないのは知っていたけど、こんなことを許すわけにはいかない。 「もうやだよ、舞美ちゃん・・・舞どうしたらいいのかわかんないよ」 「舞・・・・」 舞も泣きながら私の腰にすがり付いてきた。 右になっきぃ、左に舞。 ちっさーは相変わらず表情のない顔で私たちを眺めていた。 「あの、さ、とりあえず今日は帰ろう?タクシー呼んで四人で帰ろうよ。もうけっこう遅い時間だし。また今週中にレッスンあるから、そのとき話そうよ。うん。今日は落ち着いたほうがいい。」 「・・・そだね。」 力なく立ち上がったなっきぃが、荷物をまとめ始めた。 「・・・・舞美さん。私、父が迎えに来てくれるので。早貴さんと舞さんとご一緒にお帰りになって。」 「でもちっさー」 「舞さんって呼ばないでよぉ・・・・!バカ!」 ずっと黙っていたちっさーがやっと喋ってくれたけれど、何か言うたびに舞が過剰反応してしまって、あまり会話にならない。 こんなに情緒不安定な舞を見たのは初めてだった。 「大丈夫です。私のことはお気になさらないで。」 「ほら気にするなって言ってる。もう帰ろう。」 ど、どうしよう。こんなことになるとは思ってなかった。 いくら鈍い私でも、今ちっさーと舞を一緒にしておくわけにいかないのはわかった。 舞もちっさーも、私の決断を待つように黙り込んだ。 「千聖。お父さんはいつ来るの?」 沈黙を破って、なっきぃがちっさーに話しかけた。 「きりがないから、私たちは三人でタクシー乗って帰るよ。でも、千聖のお父さんが来るまでは待つ。それでいいよね、みぃたん。」 「あ・・・うん、うん!それがいいよ!なっきぃの言うとおり。ちっさー、パパは今どのへんかな?」 すると急に、ちっさーの顔がこわばった。 「え、どうしたの?パパ遅くなりそうなの?」 ちっさーは何も答えない。 「・・・千聖。本当はお父さん、来ないんじゃないの。」 「え」 なっきぃが聞くとほぼ同時に、ちっさーは私たちの横をすり抜けるようにして、ロッカー室を飛び出していった。 「ちっさー!」 「嫌!二人とも行かないで!舞と一緒に帰るんでしょう!?」 必死にしがみつく舞の手を離すことはどうしてもできなかった。 リーダーなら・・・・こんな時どうするべき?私じゃなくて、佐紀だったらどうしてる?先輩達なら・・・ 「私、追いかけてくる。」 私がもたついてる間に、なっきぃが走り出した。 再び泣き出した舞の頭を撫でながら、私は今までの人生最大ともいえる挫折感をじわじわと味わっていた。 私、ちっさーを見捨てちゃったことになるの? 本当にこれで良かったの? キュートは問題のないグループだと言われていた。 でもそれは、皆がお互いを温かく守りあっていたから。 私の力なんかじゃ絶対にない。 むしろ、こういうときに決断もできないような私がリーダーだなんて。 「ご、ごめん。見失っちゃった。どうしよう・・・・。」 しばらくしてなっきぃが戻ってきた。 必死で追いかけたんだろう、呼吸がすごく乱れている。 「ありがとうなっきぃ。じゃあ、まずちっさーのパパとママに連絡してみよう。」 携帯を開いてアドレスを確認していると、いきなり画面が着信通知画面に変わった。 「ちっさーだ!」 急いで電話に出た。 「もしもし、ちっさー戻っておいで!」 “舞美さん・・・・・私、ごめんなさい。大丈夫ですから。一人でも平気です。” 「何言ってんの。ダメだよ。一緒に帰らないならちっさーの家に連絡するよ。」 “両親には、今連絡を取りました。私のことなんかより、舞さ・・・・・ま、舞ちゃん・・・をお願いします。” それだけ言うと、ちっさーは電話を切ってしまった。 「ねぇ、舞。ちっさーが舞のこと、舞ちゃんって言ったよ。良かったね。」 「・・・・その人に言われても嬉しくない。」そっか。難しいね。 「みぃたん。そしたら、本当に千聖が連絡とってるのか確認とって、OKだったら私たちもここ出よう。もう本当に時間やばいから。」 あぁ、なっきぃは冷静だ。順序を考えて行動している。 それに比べて私は何て。 「連絡取れた。千聖から迎えにきてほしいって電話あったって。」 「そか。じゃあ、私達も出よう。」 三人とも無言で、ビルの出口を目指す。 突然呼び出されて、突然の事態に対応できず、しまいには助けを呼んだひとに助けられてしまった。 私、バカじゃなかろうか。 タクシーは既に入口に止まっていた。これもなっきぃが手配してくれたのかもしれない。 凹んだ気持ちのまま乗り込むと、疲れ切っていた舞が寄りかかってきて、そのまま寝込んでしまった。 本当はこんなになる前に、私が気づいてあげるべきだったのに。つくづく鈍感な自分が嫌になった。 「みぃたん。」 「ん?」 「来てくれて、ありがとう。みぃたんがキュートのリーダーで良かった。」 キュフフと照れたように笑うと、なっきぃも寝る姿勢に入った。 単純な私はこんな一言だけで十分浮上できるみたいだ。 結局、何があったのかはわからなかった。でも話すべき時が来たら、いつかは教えてくれるだろう。 こんなリーダーでも、頼ってくれる人がいるんだ。もっともっと頑張っていかないと。 ・・・ちゃんと、舞とも話をしないとね。 両肩に二人分のぬくもりを感じながら、私はちっさーへのメールを打ち始めた。 *************** どこをどう走ったのかもうわからない。 レッスン着に室内履きのまま、私はにぎやかな街の中を一人で彷徨った。 いつの間にか大粒の雨が降り出して、体中を打ち付けられた。 もう涙は出なかった。 頭がぼんやりして、何か考えようとしても何も思いつかない。 私のせいで、私が存在することで、大切な人が傷ついてしまう。 もうあの場所にはいられない。濡れて帰るにはちょうどいい気分だった。 狭い路地を何度か曲がった辺りで、私はバッグの中で携帯が振動していることに気づいた。 「あぁ・・・・」 早貴さんや舞美さんから、たくさんの着信。メール。 こんな私をまだ心配してくれるなんて、本当に優しい。 画面をスクロールしていくと、早貴さんの前に、もう一通メールが届いていた。 「栞菜。」 たわいもない、雑談のメールだった。 それが何故か今は心にしみてくる。 栞菜に会いたい。 もう何も考えられないぐらいに疲れ果ててていたけれど、私は力を振り絞って返信を打った。 《栞菜にお話ししたいことがあるの》 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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前へ 私はどうしようもなく切ない気持ちになって、そっと愛理を抱きしめた。 「ごめんね、愛理。梨沙子こういう時、何て言ったらいいのかわかんないよ。愛理の力にもなりたいし、千聖のことも助けてあげたいのに。」 ギュってした愛理の体は何だか骨っぽくて、私は何だか悲しくなった。 「また痩せちゃった?ちゃんと食べなきゃだめだよ。」 「うん、ありがとう。」 愛理が力を抜いて私にもたれかかってきた。 背中をポンポンしてあげながらふと顔を上げると、横になったまま千聖がこっちを見ていた。 「あ・・・」 私が声を出す前に、千聖はひとさし指を唇に当てて「シーッ」のポーズをした。 “なんで” 口パクで聞いてみたけれど、千聖は辛そうな顔で首を振るだけだった。 おかしい。 こんなのおかしい。絶対おかしい。 「絶対間違ってる!」 自分でもびっくりするぐらい、大きな声が出た。 「えっ」 愛理は私の目線を追って、そのまま千聖と目があったみたいだ。 「あ・・・・起きてたの?」 「ええ・・・」 2人は気まずそうに黙っている。よくわかんないけど、多分千聖はさっきの愛理の告白を聞いていたんだと思う。それで、こんな悲しそうな顔をしてるんだ。 「・・・・どうして、2人はお互いに思っていることを言わないの?私は愛理のことも千聖のことも大好きだから、梨沙子にできることがあるなら何だってするよ。話だって聞く。 でも、愛理は今の話、本当は私じゃなくて千聖にしたかったんだよね?」 全部私の勝手な決めつけかもしれないけど、心に湧き出てくる思いがどんどん口からあふれ出してくる。 「きっとね、こういう時ね、ベリーズだったら遠慮しないでお互いに言いたいこと全部言うもん。 それでケンカになったって、みんなでフォローしあってちゃんと仲直りもできるし、気持ちを伝えることができるんだよ。 そりゃあキュートの方がみんな仲良くて家族っぽいのかもしれないけど、ベリーズだってね ・・・・・・ ごめん、なんの話してるかわからなくなっちゃった。」 「・・・・・うん」 恥ずかしい。愛理と千聖が目を丸くして私を見てるのがわかる。 カーッと顔が真っ赤になっていく。もう、逃げちゃいたい。 「梨沙子さん。・・・ありがとう。」 自分のアホさが恥ずかしすぎて下を向いていたら、急に後ろから柔らかい感触に包まれた。 「わっわっ!」 「梨沙子さんの言うとおりね。私も愛理も、変な遠慮でちゃんと気持ちを伝え合うのを避けていたのかもしれないわ。さっき愛理が梨沙子さんに言ってたことが、私への本心だったのね。」 もう千聖は、私に対しても前のキャラで振舞うのをやめてくれたみたいだ。 明るくて元気でちょっと子供っぽかった千聖の外見のまま、とても大人っぽいことを喋る姿は、何だかちょっと不思議な感じだった。 「千聖ぉ。ごめんね。私、仲良くしてたくせに肝心なことは言えなくて」 「いいえ。私こそ、優しくしてくれる愛理に甘えていたのよ。梨沙子さん、私たちに大切なことを教えてくれてありがとう。」 お嬢様千聖はストレートに人を褒めすぎる。私はさっきのことの照れもあって、軽くあばばば状態に陥ってしまった。 「え、や、えと、ま、まあまあ。とにかく、これからも助け合って行こうよ。あのさ、だって私たち、中2トリオでしょ?」 「うん。そうだね。」 「ええ。」 くっさいドラマみたいな会話に、3人同時で吹き出した。 知らないうちに、もうお腹のチクチクは消えていた。 千聖もすっかり元気になっているみたいで、愛理と目を合わせて楽しそうに笑っている。 2人と同じ学年に生まれて、中2トリオといえる仲になれてよかった。グループは違うけれど、私と愛理と千聖はこうやって、特別な絆で結ばれているんだって思えた。 恥ずかしいからそこまでは絶対に言わないけど、私の心は暖かい気持ちに満ち溢れていた。 次へ TOP
https://w.atwiki.jp/stairs-okai/pages/68.html
栞菜と喧嘩をした。 新曲の振りつけレッスン中に、悪ふざけを仕掛けてきたから注意をした。 自分で思ったよりもキツい口調になってしまったから、栞菜はかなりシュンとしてしまった。 謝った方がいいのかと一瞬思ったけれど、私は別におかしなことを言ったわけではないから黙っていた。 すると、口を尖らせて「なっきーはちょっと頭が固いよ・・・」なんて呟いた。 私はこういうのを聞かない振りができない性格だ。 「ちょっと待って。今は真面目にやらなきゃいけない時でしょ?真剣にやろうって言って何が悪いの?」 「だからそれはわかったって。でもさぁ」 「でもじゃないじゃん。」 「まぁまぁ、もう栞菜も反省してるし、いいじゃないか。ね?」 舞美ちゃんが体ごと割って入ってきた。 あーあ。いつもこのパターンだ。私はレッスン中の態度のことで、しばしば栞菜とぶつかる。 栞菜のことは好きだ。だけど、私はけじめをつけるところはちゃんとしておきたかった。 だから毎回のように注意をするのだけれど、必ず舞美ちゃんが喧嘩両成敗のようにまとめてしまう。 「わかった。真面目にやろうとする私が悪いんだね。ごめんね。」 「なっきー誰もそんなこと」 「いい。時間もったいないから続きしよう。」 強引にさえぎると、誰も何にも言えなくなって、変な空気のままレッスンが再開になった。 ・・・どうしてこうなってしまうんだろう。 めぐが脱退してから、私はキュートの中間年齢として、かなり神経を張ってやってきた。 舞美ちゃんやえりかちゃんに年下組の状況をまめに報告して、年下組にはダメなことはダメと注意して、エッグから途中加入で不安そうだった栞菜には同い年としていろんな相談にのって。 でもいつしか私の行動は空回りになっていたみたいで、 「なっきーは頑張りすぎだよ。」 「もっと肩の力抜いていこうよ。」 なんて諭されるようになってしまっていた。 ひそかにため息をもらしながらチラッと横を見ると、千聖が真剣な顔で振りのチェックをしていた。 ・・・前の千聖にはよく怒ったっけな。今はまったく手のかからない子になったけど。 舞ちゃんの気持ちを聞いたせいだろうか。何だか無性に昔の千聖に会いたくなってしまった。 千聖はお調子に乗りやすい子で、ふざけだすと止まらなくなってしまうところがあった。 私はそれじゃダメだと思い、気になればビシッと言うようにしていた。 怒られると千聖はシュンとなってしまうけれど、気まずくなってしまうということはなく、今ははしゃいでいいという時間になれば、グフフッて笑いながら私のところにも遊びに来てくれた。 だから私も、千聖には遠慮なく思ったことを言えたし、千聖もそれを受け止めてくれていた。 一番の仲良しじゃないけれどそれなりにいい関係だった。人によって態度を変えない千聖が好きだった。 今の千聖が嫌いなわけじゃない。すごく優しくていい子だと思う。 レッスンも真剣に受けているし、誰にでも同じように素直なところは前と変わっていない。 でも彼女は千聖であって千聖でない。 私は年上だから舞ちゃんのようにあからさまなことはしなかったけれど、寂しかった。 キュートの中で私の気持ちを正面からうけとめてくれる子がいなくなってしまったから。 キュートのメンバーのことは大好きだ。家族のように温かい。 でも私はもっともっとキュートで上を狙っていきたいし、お互いをライバルと思う気持ちを忘れてはいけないとも思う。 私が悪者になってキュートが良くなるならそれでもいい。 多分そういう押し付けがましい考え方がだめなんだろうけど。 「じゃあ、今日はここまで。お疲れ様!」 振り付けの先生の声で、私の心は現実に戻った。 ダメだ。今日はまったく身が入っていない。 「なっきー帰らないの?」 鏡に向かっておさらいを始めた私に、舞美ちゃんが声をかけてくる。 「もうちょっとやってく。」 「そっか。」 何か言いたそうな顔をしながらも、舞美ちゃんはえりかちゃんと一緒にスタジオを出ていく。 栞菜は愛理と一緒にこっちを見てコソッと何か言っているみたいだ。 二人の表情からして別に悪口ではないんだろうけど、言いたいことははっきり言ったらいいんだ。私は見えないふりをしてダンスに没頭した。 戻る TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -
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前へ 「よし、この部屋空いてる。千聖、入って入って。」 物置部屋みたいになっている一室に、千聖を招き入れて鍵を閉める。 「で、どうしたの?ブラが壊れた?見せてみて。」 「あ・・・は、はい。」 千聖はお嬢様らしい、胸元のサテンが可愛い水色のカットソーをおずおずとめくりあげる。 あ、何かエロい。こういうシチュエーションがそそるとかなんとか同級生が言ってた。 こんな大人しいお嬢様が顔を赤らめて自ら乳(しかも大きい)を見せてくるとかきっと男子にはたまらんだろう。って私は女子だから関係ないんだけど。 「んん?・・・・千聖、寒がりだっけ?」 カットソーの下にキャミを着ていて、それをめくるとさらにシュミーズまで着ている。ブラはまだその先か。 「あ、えと、寒がりではないのですが。」 ボソボソと喋りだした内容を要約すると、こういうことらしい。 最近学校で友達に胸が大きいといわれるようになって、しかもクラスの男の子が、陰で岡井の胸がどうのこうの噂しているのを偶然聞いてしまった。 もともと自分の胸のことは気に入ってないから、最近はなるべく目立たないようにちょっと着込んでいる。 「そっか。気にしてるんだね。でも大きいのは長所だと思うよ?堂々としてればいいのに。キュートのみんなだって、ちっさーいいなとか言ってるじゃん。」 「そう、でしょうか。」 千聖は複雑そうな顔をしながらも、最後の一枚をまくってブラを見せてくれた。 「あらら・・・これはやっちゃったね。」 白いフロントホックのブラをつけているけれど、肝心のホックが飛んで真ん中から綺麗にパックリ割れている。 「これさ、さっきの梨沙子のすごい攻撃で?」 「ええ、多分。あ、でももともと少し弱ってきてたから。梨沙子さんのせいというわけでは」 たしかに頭からゴチンてやられた時、胸すっごいたわんでたかも。災難だったね千聖。 「うーんどうしようか。今日ダンスとかあれば、替えの下着もあったんだけどねー。ガムテ?いやいや、そんなわけには。」 ・・・・ん?でも何か・・・・ホックって、そんなに弱い? 「千聖。ちょっと、背中。」 「え、は、はい。」 ごそごそまさぐってタグを確かめる。 「・・・・これ、カップ数、全然あってないよ。そりゃブラも痛むよー。無理矢理つめこんでるんだもん。」 千聖が身につけていたのは舞m、じゃなくて愛r、じゃなくて、とにかくあきらかに千聖にあっていないサイズのものだった。 「ごめんなさい、えりかさん・・・」 「え、いーよ別に。ていうかウチに謝ることじゃないけど。でも、千聖。いくら自分の胸が嫌でも、ちゃんとした下着をつけたほうがいいよ。あのね・・・」 私は友達やお姉ちゃんから聞いた、胸に関するマメ知識を次々に披露していった。 小さいブラつけても胸が小さくなるわけじゃないとか、 逆にお肉がもれて贅肉に変わっちゃうかもしれないとか、 血流が悪くなって代謝も落ちて体に悪いとか、 私が話すひとつひとつを、千聖は真剣に聞いてくれた。 「・・・だから、今度ママに頼んでちゃんとしたやつ買ってもらいな?もし恥ずかしかったらウチがついていってあげるよ。」 「ありがとう、えりかさん。」 千聖はにっこり笑うと、ギュッと抱きついてきた。半裸で。 「うおっ。」 「私、えりかさんに相談してよかった。こういうお話は、えりかさんに一番聞いて欲しかったから。愛理や舞ちゃんたちは、歳が近すぎて。舞美さんは・・・・えと・・・」 舞美さんは、服装以外男だからね。 「えりかさんがいてくれてよかったわ。」 「千聖ぉ。・・・・・いやいや、そういってくれるのは嬉しいんだけど、結局ブラは直ってないわけで。」 「あ・・・・」 「まかせて。私にいい考えがある。」 この時の私は、まいあがってる時の自分が、舞美よりよっぽど物事の判断がおかしくなるタイプの人間だということにまだ気づいてなかった。 次へ TOP
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前へ 「だから!おっとりして上品になっただけで、基本的な性格はそんなに変わってないんだってば!」 「それじゃよくわかんないってばー。じゃあさ、好きな食べ物とか変わったの?あと何だろう好きな・・・好きな・・・Tシャツ?」 「ええ!?」 「熊井ちゃん、それどうでもよくない?」 「本当だよ!思いつかないなら無理矢理質問しないでよ!」 「なんだーなかさきちゃんのケチ!」 「意味わかんないよ!」 「なっきぃ、それはまあいいとして、この事って他に誰が知ってるの?キュートのマネージャーさんは?スタッフさんは?ていうか、千聖の家族は?」 「あと犬!千聖んちの犬は知ってるの?パインと・・・リップスティックだっけ。リップスティックってすごくない?名前。面白いよねーあはははは」 「熊井ちゃん犬は今いいから。でさ!なっきぃ」 「もう!また顔近い近い!大きい二人で責めないでよぅ!」 ドアを少し開けてすぐに聞こえたのは、なっきーのキャンキャン小型犬ボイスだった。 そこに熊井ちゃんのくまくまボイスと、茉麻の突っ込みが重なる。もはやトリオ漫才だ。 「ていうかね舞美、よくわからないんだけど。そもそも千聖は、どうしてお嬢様キャラになったの?記憶は?前とは別人?」 「えっえっ・・・・ちょまって。ごめんなんか私混乱して・・・別人、じゃないと思うけど」 「やっばいウケるんだけど。千聖お嬢様ー☆とか呼んだ方がいいのかな。ていうかやっぱり私のこと千奈美さんって言ってきたりすんの?千聖が!あの!千聖が!超ー面白くない?桃も桃子さんって言われたんでしょ?マジウケるわー」 「・・・徳さんテンション高すぎ。」 どうやら千奈美だけはこの状況を楽しんでいるみたいだ。何をそんなにはしゃいでいるのかわからないけれど、困った顔で固まっている舞美ちゃんを放って、今日は険悪状態だったはずのももちゃんにまで話しかけている。 「あー・・・それでね、別に接し方は前と同じで大丈夫だよ。ウチも最初どうしようかと思ったけど。」 「了解ー。でもびっくりだね。そんなこと本当にあるんだ。大丈夫かな、上手く接していけるか心配かも。」 「わからないことは、千聖本人にも聞いてみるね。ベリーズが何でも協力するから。」 えりかちゃんにみやにキャプテン。こちらは比較的落ち着いて、しっかり話をしている。 愛理と栞菜はまだク゛スク゛ス泣いている梨沙子を励ましているみたいだし、どうやらえりかちゃんたちのグループが一番頼りになりそうだった。 個人的にまだ気まずさが残っていることもあって、まずはこの3人に話しかけてみようと思った。 でも 「えりか・・・」 「あーーー来たー!ちょっとー遅いよー!」 部屋に踏み込んだ瞬間、千奈美が飛びついてきた。 「みんな心配したんだよー舞ちゃん。ほら、入って!お・嬢・様も!」 「・・・ごめんね。」 テンションMAXに見えても、やっぱり千奈美は年上なだけあって、ちゃんと私のことまで気遣ってくれた。 「おかえり、舞。ちっさー。」 「よかったー!舞ちゃん千聖と会えたんだね。」 私が戻ってきたことで皆が凍りついたらどうしようかと思ったけど、千奈美が勢いをつけてくれたおかげで、ごく自然に輪の中に加わることができた。 「愛理。」 私は千聖と小指をつなげたまま、愛理のところまで歩いていった。 まずやらなければいけないこと、それは 「さっきは、ごめん。」 拒んでしまった愛理の手を、私からつなぎに行くことだった。 「舞ちゃん・・・ううん、こっちこそ。」 愛理は私の手を強く握り返してくれた。どこからともなく湧き上がる拍手。 ちょっと、いやかなり照れくさくて、2人で顔を見合わせて笑ってしまった。 愛理は千聖のことが大好きで、私も千聖が大好き。私は愛理のことが大好きで、愛理もきっと私のことを。 それさえわかっていれば、もう余計なことは何も言わなくても十分だった。 「あ・・・それ黄色い糸だね、千聖。舞ちゃんと千聖の糸でしょ。」 ちょっと赤い目のまま梨沙子がはにかんだ。 「ええ。梨沙子さんが教えてくれた魔法で、復活した糸なのよ。」 「えへへ・・・魔法かあ。へへっ。」 本当に、千聖は人を喜ばせるのが上手だ。 魔女ッ子志願の梨沙子には、とても嬉しい言葉のようだった。 次へ TOP
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「みぃたんも話し中かぁ・・・」 ケータイを放り出して、ベッドに顔を埋める。 千聖と栞菜、何があったんだろう。 えりかちゃんとみぃたんに電話をしてみたけれど、2人ともつながらなかった。もしかしたら、お姉さん同士で話し合ってるのかもしれない。 栞菜はあんな状態だし、千聖に直接聞くのもはばかられるし、手がかりは途絶えてしまった。 女子7人、小さないざこざならいくらでもある。 でも、まさかあのお嬢様状態の千聖が当事者になるなんて思ってもみなかった。それも、事態はかなり深刻なようだった。 私は結構おせっかいな方なのに、ああいう時てんで役に立たない。 年下の舞ちゃんに促されて退場だなんて、今思い出しても恥ずかしい。 名誉挽回というわけじゃないけれど、せめてもう少し力になりたい。 電話がだめならとメール、とみぃたんに向けて文章を作り始める。 でも言いたいことがうまくまとまらなくて、結局打っては消し・・・を繰り返してしまった。 「はあ~・・・・」 長いため息と一緒にこの重苦しい感情も吐き出せたらよかったのに、なんだか余計に辛くなってしまった。 泣き虫キャラは私一人で十分。みんなの涙なんて見たくない。 だからといって、私に何ができるんだろう。 「・・・もう寝る。」 これ以上起きていても、どんどんネガナッキィになるだけだ。 全然眠くなんてなかったけれど、とりあえず日課の恨み空メールを打った後、部屋を真っ暗にして布団の中にもぐりこんだ。 寝返りを打ちながら目をつぶって、寝てるんだか起きてるんだかよくわからないまま、気がついたら朝になっていた。 「だるい・・・」 頭は興奮していても体は疲れていたから、全然疲労感が取れなかった。 時間を確認しようとしてケータイを開いたら、えりかちゃんからメールが届いていた。 “オフの日にごめんね!暇な人、10:30に○×駅前のファミレスに来てください!” 一斉送信ぽい文面だ。一応送信先を確認してみると、栞菜千聖、みぃたん以外のキュートメンバーのアドレスが入っていた。 これは間違いなく、昨日の件に関係あるんだろう。えりかちゃん(と多分みぃたん)は私がうじうじ悩んでる間に、ちゃんと対処法を考えていたんだ。 「私、まだまだだなぁ。キュフフ」 不思議と落ち込んだ気分にはならなかった。お手本になってくれる年上のお姉ちゃんの存在が、なんだか嬉しく感じた。 「で、10 30集合か・・・・ってヤバイヤバイヤバイ!」 改めて時計を確認して、私は血の気が引いていくのがわかった。 ガバッと飛び起きると、一気に階段を駆け下りてリビングに転がり込んだ。 「ちょっと!!なんで起こしてくれないの!!!もう10時じゃん!」 テレビを見ながらダラダラしていたお姉ちゃんと妹に八つ当たりしながら、その辺にほっぽり出してあった服を急いで身につけていく。 「知らないよそんなのキュフフ。」 「キュフフ、ていうか、さっき様子見に行ったらいびきかいて寝てたけど。」 いびき、ですか。なんだかんだで結構深く眠っていたのかもしれない。 まあ疲れていたから仕方ないけど、姉妹にネタにされて笑われるのは面白くない。 「ちょ、ちょっと私出かけj4$a^/tf- るらぁ!!」 慌てていたのと気恥ずかしさとで、私はみぃたんのごとくカミカミになりながら家を飛び出した。 駅まで自転車ですっ飛ばしている途中で、もう一度待ち合わせの駅の名前を頭に思い浮かべた。 何でまた、○×駅? 渋谷や新宿みたいに栄えているわけでもないし、メンバー全員の家から近いわけでもないのに。 しばらく考えてから、私はハッと思い至った。 「そっか、栞菜の最寄り駅なんだ・・・・」 TOP 次へ コメントルーム 今日 - 昨日 - 合計 -